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リニューアル広告の舞台裏

「ただいま戻りました」
打合せから帰り、カバンからたくさんの資料を取り出すドレッサー。過去に使われたパンフレットだ。レイアウトは異なる紙面だが、いずれも同じような内容のものが5・6種類。腕組みをして“さて、どうしたものか…”と、ドレッサーが首をかしげる。お客さまによっては、季節やイベントごとに毎年恒例となる案件がある。この仕事もそういった類いのもので、新年度となる春先に使われる営業支援ツールらしい。
「ボスゴリ、ちょっといいですか。はじめての取り引きとなるお客さまなんですが、相談からの打合せでして…
今までにも広告は作られてみえたようです」
と、デスクから昨年のパンフレットを取ってボスゴリに手渡す。
「でも、今回からは広告を一新したい!とのご要望で、企画やアイデア提案も得意な、うちに依頼をされたそうなんです」
安定的に同じような世界感・トーンで、広告や販促を展開することはよくある。同じデザイナーが手掛けているのだろう。広告主からすれば、よくツボを心得られている!とも言えるし、発注する際、安心できる!という利点がある。一方で、マンネリだ!とか、ひねりがない!といった具体に捉えられることも多い。どんな仕事も発注者の意向を受けてクリエイティブはスタートするが、その“意向”が、その都度しっかりと伝わっているのかは疑問だ。
「これらは、過去につくられたパンフレットです。で、今まで発注されていたデザイン会社は、広告主がつくった原稿をレイアウトするだけだったんですって。でもそれだと、凝り固まったままなので、もっと川上から広告制作をお願いしたいということなんです。ただ、予算には限度があり、イラストや撮影はなし。イメージビジュアルはフリー素材を使用して提案してほしいそうです」
MacBookを手にしていたボスゴリがトラックパッドを操作し、見つけた画面をドレッサーに読ませる。広告主から届いたメールの本文で、“前回制作いただいたDM展開ツールですが、おかげさまでリニューアル以降問合せが増加しております。その節は、内容のご提案含めご尽力賜り、誠に有難うございました”と、無味なフォントから喜びを感じさせるメッセージが浮かび上がる。自慢して上機嫌なボスゴリは、長渕剛の“SUPER STAR”をハミングする。
「ディレクションから素材作成、ライティングにデザインまで、ってわけか。マルチクリエイターを目指すキミには、うってつけじゃないか!」
それを見て何度もうなずきながら、“次に喜んでもらえるのは私の番だ!”と、ドレッサーは意気揚々と口を開く。
「そうなんです!納期まで余裕があるので、挑戦してもいいですか?」
自発的に、“やりたい!”と言うドレッサーに微笑みつつ、
「広告主はドレッサーの知らない業界だろ。困ったら相談するんだぞ。自分が身に着けた知識や情報だけに頼らず、見聞を広めて進めてくれ」
と、期待するボスゴリ。
「イエッサー!」
調子の良いドレッサーは、ボスゴリが去り際に口にした言葉を慌ててメモをする。“視座を高く、視野を広く。目をこらし、耳を傾けて”と。

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効果的な営業支援ツールとは?

「ボスゴリ、展開案の方向性を決めて素材もつくってみました。一度見ていただけますか?」
緊張気味に話すドレッサーの左脇には、たくさんの資料が挟まれている。
「思ったより速いじゃないか!どれどれ…」
「まず、コンセプトなんですが、今回はパンフレットの活用シーンが営業支援ということで…」
順調な滑り出しに、ドレッサーの説明にも熱がこもる。
「続いて、紹介内容の骨子となる要素なんですが…」
プリントアウトされた書類には、びっしりと文字が印刷されている。苦労した様子が窺える。一通り説明を聞き終えたボスゴリが意見する。
「この内容は、つくり手のドレッサー視点になってるぞ。忙しい現場の営業マンの立場で、機能するモノにしないと、その先のお客さんからは反応が得られないだろ。あれこれ情報が多すぎるんだよ」
思ってもみない指摘に冷や汗を流すドレッサー。営業マンから取ったアンケート資料を預かっていたにも関わらず、目を通していなかったことにハッとする。
「えっと、それは、その…」
「必要な情報には目を通そう。その上で、深掘りする要素、割愛する項目を整理していくんだ。使う営業マンの声があるのなら、それを重視しないと!」
さっきの勢いはどこへやら。がっくりと肩を落とし、意気消沈するのは言うまでもない。

数日後、ドレッサーは再度説明をするために、ボスゴリの元へ向かう。
「考え直したのですが、やっぱりサービスの良さを詳しく伝えたくて。で、しっかりと説明するしかないと思うんです。絶対これがベストな考えです。で、今回は紙面のデザインもしてみました」
恐る恐るながら、紙面展開までつくってきたことに多少の自信も窺える。原寸大でプリントアウトされたデザインには、びっしりと文字が並ぶ。ページをめくっても同じ具体だ。目を引くメインビジュアルがひとつあるものの、キャッチになるタイトルやグラフ、写真などの要素も少なく、資料集のような雰囲気すら感じられる。
「ふーん。広告主の営業マンになったつもりで、シミュレーションしてみたかい?営業先で忙しい相手に、このツールを使って関心がわくように説明できる?」
「えっ、シミュレーション?」
言うべきか言わざるべきか、ボスゴリは頭を悩ませ瞑想する。
メスゴリにしつこく誘われて、はまってしまった韓国ドラマ。なんといってもボスゴリのオススメは、仕事をする姿勢を改めさせられる“ミセン”だ。正社員になるハードルが高い環境にもめげず、日々励んでいる主人公に心を打たれた作品である。モチベーションアップになれば!とドレッサーに紹介をしたが、響かなかったことを思い出す。しかし、今度こそ、耳を傾けて、キッカケをつかんでくれれば!とあきらめずに、韓国ドラマを例えに話しはじめた。
「70歳を過ぎたおじいさんが、子供の頃の夢を思い出してバレエをはじめようとする韓国ドラマ、知ってるかい?“ナビレラ-それでも蝶は舞う-”ってタイトルなんだけどね、これまた涙する作品なんだよ。バレエを指導する先生が、有望な若手ダンサーにこう言うんだ。“自惚れて傲慢だったせいで、オレはこうなった。頑固なせいで好きだったバレエを辞めることになったんだ”ってね。先を歩いてきた人はみんな、同じ失敗をし繰り返して欲しくないと願うもんなんだ」
幼い頃、自分も憧れていた“バレエ”に、ドレッサーの耳が反応する。耳は傾けられているようだ。
「新聞でもそうだけど、写真やタイトル、見出し、小見出し、本文というように、視点誘導が必要なんだよ。簡単に言うと、メリハリだ。キミのデザインした文字だらけの単調な紙面を見て、じっくり読もう!って思うのは、ごく少数の人だけさ。キミも新聞を読んでりゃ、わかるだろ?」
「私、新聞は取ってないです。スマホがあればニュースも見ることができるんで」
「だったら、Yahoo!ニュースなんか見ててもわかるんじゃないか。興味をそそる短いタイトルがあって、クリックすることで詳細へとジャンプするだろ。キミもそうしているんじゃない?」
「私、気になるタイトルがあればクリックしますけど、本文を見ると文字が多くてすぐにイヤになっちゃって。結局、詳しくは読まないです」
ある意味、期待を裏切らないドレッサーである。