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デザイナーの成長と挫折、心の葛藤

「パンフレットのタイトルにロゴデザインを施すって言ってたけど、どうなったの?」
脇机の引き出しからノートを引っ張り出し、自分が考えたデザインのラフスケッチをボスゴリに見せるドレッサー。
「こんな方向性かなっていろいろ考えてはみたんですが、息詰まってしまってまだ完成までは…」
パラパラとノートをめくって見せるドレッサーだが、ほんの3見開きにしか描かれていないシャーペンのラフスケッチを見て唖然とするボスゴリ。
「いろいろって、これだけじゃないよね?他には?」
「えっ?自分では結構頑張ったつもりなんですけど…」
ボスゴリのへこんだ鼻が、痙攣したかのようにピクピクと激しく動き始める。
「キミねぇ…、フィンセント・ファン・ゴッホって知っているよね?キミと同世代になる27歳頃から画家を目指したという彼はね、ポール・ゴーギャンと暮らした2ヶ月の間に77点もの作品を描いたそうだ。同じような頃に日本で活躍した正岡子規もね、俳句だけでも25,000句も詠んだって話だよ。イチロー選手だってそうだ。高校時代、夜中になると寮の外にお化けが出る!って、仲間が見に行くと、みんなが休んでいる間にも素振りを続けいたって聞いたことない?」
ボスゴリから一気に言葉が溢れ出す。
汗だくになりながら甲子園を目指す高校球児に憧れて、高校時代にはマネージャーをしていたドレッサーの目の色が変わる。
「私の母校でも、全体練習後に居残り練習をしている選手は何人もいました。理想通りに体が動かせるようになりたい!って、各自で課題に取り組んでいたことを思い出します」
そんな良いお手本が身近にありながら、自分ゴトに置き換えられずにいるドレッサーをまじまじと見つめるボスゴリ。
「昔々の話だけど、人気だった少年野球のドラマでね、“頑張れレッドビッキーズ”って番組があったんだよ。そこに“セオリー”ってあだ名の子供がいて、その名の通りルールや野球理論のことに詳しくて、はじめはチームのみんなにも慕われていたんだ。“ここはこう!”ってチームメイトにアドバイスをするんだけど、“じゃぁ自分が手本を見せろ!”って逆ギレされて。で、やってみたら全然できない。“なんだ、コイツ口だけか!”ってなって孤立さ。狙い球を絞って打とう!って言ってる自分が、定めたコースに合わせてバットを振れないんだよ」
「よくそんな昔のこと、正確に覚えられていますよねぇ」
歳を重ねるにつれ昔話が多くなるボスゴリに、嫌味っぽく返すドレッサー。
「まぁ、関西風に答えると、“知らんけど”みたいな感じだけどね…」
バツが悪そうに、長渕剛のSTAY DREAMを口笛で口ずさむと、
「高校生でも同じです。分かっていても思い通りに振れないってみんな言ってました。プロになっても同じですよね?」
話題の中心が自分から逸れていくことをいいことに、元気を取り戻してくるドレッサー。
「だから、みんな必死でバットを振り続けるんだ。“理解できた”のと“できるようになる”のとでは、別次元の話ってわけだよ。でもね、一番いけないのが、“理解できたから”って、それ以上に振ろうとしないことなんだ。80代でアプリを開発した、若宮さんだってACのCMで言っているだろ、“とにかくバッターボックスに立って、バットを振ること”って」
「あぁ、あのCM!若い私でもなんとなく勇気が沸いてきた作品ですよね」
「勇気が沸いてきたのに、キミはバットを振らないのかい!こんなちょっとのラフスケッチだけで、良いデザインができると思ってることが勘違いってやつだよ!研鑽を続けてキャリアを積んできた人なら、パパっと完成させることもできるだろうけど…」
うつむいたドレッサーがボソボソと声を漏らす。
「だって、合コンして早く相手を見つけないと“振る”こと自体不可能だし、だからそっちが忙しくて…」

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AISASで幸せを紡ぐ関係のつくり方

合コンもカラオケも諦めたのか、それともはじめから予定が入っていなかったのか、珍しく遅くまでデスクで手を動かすドレッサー。指摘されたことを、すぐに実践することは良い兆しである。所狭しとテーブルを埋め尽くす手描きのラフスケッチを前に、肩を押さえ右手を大きく回してストレッチをするドレッサーに近づくと、晴れやかな表情でボスゴリに声をかける。
「あっ!ボスゴリ。ちょっとデザイン案を見ていただけませんか。これが自分ではお気に入りなんですが、こっちも捨てがたくて…。かといって、あれもいい雰囲気にデザインできたんですよね!」
多少は自分でも頭を使ってみたようだ。闇雲に数をこなすのではなく、それぞれに趣向を凝らしたスケッチが散乱している。
「君の好みもあるだろうけど、広告主のご要望はきちんと抑えられているの?クリエイティブ思想で、集中してのめり込むことは良いことだけどね、自分ひとりの世界にはまり込んで、目的を忘れてしまうことが多いんだよ」
腕組みをして納得するドレッサーが、お気に入りの一枚を手に取り頭をかしげる。
「分度器があるだろ。中心から1cmのことろにある10度の差はたいしたことはないけど、5cm先に目をやると結構な開きが出るんだ。だから、途中途中でタイミングを見計らって、目的は何だったかをチェックして進めないと、ズレがどんどん広がっていくんだ」
「なるほど〜。ボスゴリにしては珍しくわかりやすい例えですね」
よほど調子が良いのか、ドレッサーが素直にメモをとる。ボスゴリが覗き込むと、そこには“アイデアもデザインも、進行途中でホップ・ステップ・チェック!”と赤字が躍る。
「でね、クリエイターの感性や考えも尊重すべきなんだけど、重要なのは広告主のご要望!それプラスだ、その先にいる生活者・消費者の反応をイメージすることなんだ!」
「でも、メッセージを伝えたいのはお金を出す広告主さんですよね?だったら、こっちの想いだけを発信すればいいんじゃないですか?」
確かに、費用を捻出する側の想いを伝えるために広告や販促という手法があるのだろう。しかし、その広告に触れた対象者に“どう感じて・行動して欲しいのか”が重要なポイントになるのである。
「だったらキミ、見ず知らずの人から人混みで声を掛けられて、大声で“好きです・つき合ってください!”って突然声を掛けられて、嬉しいか?すぐにつき合いたいって思うかい?まず、怪しいって身構えてしまうだろ!
シチュエーションやタイミング、アプローチの仕方がポイントなんだよ。告白というファーストコンタクトがあって、それからじっくり考えて、“じゃあ友だちから”って具合に、AISASが大切になるのさ」
「アイサツ?それなら私だって心掛けていますよ!」
「アイサツじゃなくて、ア・イ・サ・ス!
注意を引くAttention、興味を持たせるInterest、一度調べてみるか!というSearch、そしてお願いします!っていうAction、付き合いがうまくいくと、○○に勤める人が彼になった!ってShareするだろ、そうすろと、じゃあ彼に会社の友だちを紹介してもらってよ!ってな具合さ」
「なるほど!AISASですか。で、その最後のSですけど、誰か良い彼氏Sしてもらえませんか。私、ダイバーシティタイプなんで、初対面でも、人混みで大きな声で告られても、ルックスさえ良ければひとまずOKなので!」
どうやら、落ち着いていたドレッサーの彼氏づくり欲求に、火を着けてしまったようである。