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現場で繰り広げられる、広告業界のエキスパート視点

「取材をしてきたんですけど、ライターさんの聞き取りが上手くいなかなくて…」
しょげた上に、ふくれっ面で会社に戻ってきたドレッサー。こうなるとウジウジとひがみ続けるのは、いつものパターンだ。幼い子供なら、“そうかそれは残念だったねぇ”と慰めてもらえるのだろうが、もう社会人4年目だ。自分も若い頃、気に入らないことがあって腐っていたのを、先輩に厳しく一喝されたことを思い出しつつ、ずっと引きずっているドレッサーの言動に、痺れをきらしたボスゴリが声をかける。
「キミ、高校時代は野球部のマネージャーだったんだよね!選手やチームの裏方として、みんなを元気づけるために光の当たらない場所で頑張っていました!って、黒子を自慢してたじゃないか。大会でエラーした選手、チャンスを潰した選手を励まして、次こそ甲子園目指そう!って鼓舞していました!って言ってたよね」
「でもあれは、中心的な他のマネさんが先頭切ってやってくれていたんで…」
「じゃあ何か、君は誰か引っ張ってくれる人がいないと、自分では上手く動けないのか?」
少年野球で指導経験のあるボスゴリは、10年に渡って携わってきた様々な子供たちのことを想像した。はじめは、大人が指示をしないと動けない子供も多いが、チーム内のライバル、対戦相手と関わるようになって経験を積んでくると、向上心のある子供とそうでない子供とで大きな差が出てくることを知っている。大切なのは本人の意識や気持ち・向上心なのである。練習日になると、先週はうまくできなかったバッティングを1週間練習してきたので、スイングを見てください!と自ら声をかけてくる小学生がたくさんいたのだ。
つい先月、取材をしたNPO法人の方が言っていた、“未来を担う子供たちにアプローチをしますが、関心度の低い子供には声をかけません”と資質を気にされていたことも頭をよぎる。
「で、どんな取材だったの?」
と、ボスゴリがミーティングテーブルに呼び寄せると、タラタラと肩を落としてやってくるドレッサー。
「相手は取材慣れした方だと聞いていたんですけど、業界の歴史については無知のようで…」
「取材前にヒアリングシートを送る!って言ってたと思うけど?」
「当日は、こういう内容のことを聞きたいです!って質問シートは送ってあったんですが、一夜漬けで覚えようとされたみたいで…」
膝の上でモジモジ、クネクネ落ち着きのない様子で答えるドレッサー。
「まとめて覚えられなくても、短く切って聞き出したらなんとかなるよねぇ」
ウジウジした態度に痺れを切らしたのか、頭デッカチなボスゴリが近くまで迫り、さらに大きくなった頭からは湯気を沸き立たせている。
「それが、ライターさん。じゃぁ、こんな風に喋ってください。まずは、2000年に○○が…って誘導し始めたんです」
「それ、良くないパターンだよ!」
黒いはずのボスゴリの顔が、心なしか赤く見えるのはドレッサーだけではないだろう。
「取材でカメラを向けられた人ってね、喋ってほしい文章があっても、それを自分の言葉として喋りたい!って願望は捨てられないんだよ。だから、感情のない変な発言になってしまうんだ」
“全くその通りでした”と言わんばかりに、上目がちにボスゴリを見つめるドレッサー。
「ライターさんのヒアリング後に補足質問として聞き直しましたが、取材時間が決められていましたので限界でした…」
吐き出した言葉とともに、大きく肩を落としたのは、当然ドレッサーだ。

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和やかな場を築く、コミュニケーションデザインの心得

「ライターさんもね、文章にまとめるための取材は得意だけど、動画で編集するためのヒアリングってなると習得されている方は少ないんだよ。以前、キミも栄でテレビ局の方にインタビューされて、テレビデビューした!って自慢してたけど、そのときの雰囲気はどうだった?」
「カメラマンと音声さん、ディレクターらしき人と、いつも画面超しに見ていたアナウンサーに囲まれたんですけど、聞き出し方が特別上手いなぁという記憶はないです。普通の会話で…、ただ、緊張はせずに話せたと思います」
沈んでいたドレッサーの表情が少しずつ緩和されていく。
「それだよ、それ!相手に緊張させないように“場”をつくんのが大変なんだ。はじめまして!って合ってすぐに心を開いてくれる人って、そうそういないだろ。それを限られた時間の中で、聞きたいことを引き出すのが“場の空気づくり”なんだよ。そうやって和やかな雰囲気の素材が撮れたら、あとは優秀な編集さんが良い具合に仕上げてくれるんだ。そもそも“取材”ってのは、すでに知られてる情報やネットでわかることをなぞるんじゃなくて、そんなこともあったのか!っていう物語なんかを引き出すことなんだ。だから、「材」料を「取」ってくるって書くだろ。
それに、現場で引き出すのが必要なのは、ライターだけじゃないぞ。カメラマンも同じさ。昔うちがデザインした、お花畑で男性の写真撮ったポスターを知っているか?」
ポケットからスマホを取り出し、窮屈そうに太い指でそのポスターを検索しはじめるボスゴリ。
「そう、これこれ!このときにね、モデルとなった男性のすぐそばにいたんだけど、カメラマンの“もっと笑って!笑顔でいきましょう!”って掛け声に、ボソッと彼が呟いた言葉わかるかい?」
「わかりません」
即答するドレッサーにまたも苛立ち、頭を掻きながら
「わかりません!って、すぐに答えを求めずに、少しは自分で考えてみろ!自分がその立場だったらどうかなって、常に考えることを習慣にしたらもっと成長できるんだよ!」
今回の件でよほど、自分の不甲斐なさを後悔していたのか、「一度自分でも考えてみることを習慣にする」と、珍しくメモをとるドレッサー。
「笑って!て言うんじゃなくて、笑えるようなことを言ってくれたらいいのに」
彼は、そう呟いたんだ。
「ボクもね、あっ!てそのとき、目が覚めるような感覚になったんだ。そうか、ストレートにこっちの要望に従ってもらうんじゃなくて、変化球で自らそうなってもらうように“場”をつくればいいんだ!って」
「それで、どうなったんですか?」
興味を示したドレッサーは4色ボールペンを握り直す。
「簡単なことだよ、自分がアホになったらいいのさ。本当だったら、カメラマンやライターさんにそういうことも任せたいんだけど、良い素材が上がってこないと後でデザインするときに困るのはこっちだから、仕方ないよねぇ。良い歳したおっさんがアホみたいなことを言って、笑いを誘うはめになるんだ。ほとんどの人は気付いてないけど、こう見えて“場”を和めることで深い情報を引き出したり、自然な表情を引き出すために黒子となって一肌脱いでいるんだよ」
“一肌脱いでも黒いままのボスゴリは、常に黒子なのでは?”と、早速“自分でも考えてみる”ドレッサーであった。