“勇気が持てる”パンフレットや会社案内を作るには
「最近調子はどう?少し前まではイキイキと仕事していたけど、ここんとこテンション低いんじゃない?」
感情にムラのある弟子のドレッサーに向けてボスゴリが声を掛けると、
「なんか思うようにビジュアル表現ができないんですよねぇ。私なりには頑張っているんですけど…」
いつものように、“自分はベストを尽くしている”と忘れずに付け加えるマルチクリエイターを目指すドレッサー。デザインも自分で手掛けたい、写真も動画も自分で撮って表現したいし、コピーだって自分なら書ける。もちろんイラストだって!と二刀流どころか、クリエイティブのオールラウンドプレイヤーになる大きな夢を描いてこの業界に入ってきて4年になる。しかし20代も中盤を越え、実績よりも言葉で相手を納得させる術に頼り出している自分が嫌になることを自覚し始め、悶々とした日々を過ごしているのだ。
「キミ、いつも他人に“良く見られたい”っていう願望を持っているよねぇ。誰にも負けないくらい自分は凄いです!ってアピールするのはいいけど、それに見合った研鑽、日々続けている?」
二刀流で注目を集める大谷翔平選手は、試合後も誘惑に流されることなく自分を律し、ピッチング練習にバッティング練習、体幹トレーニング…と余念がないそうだ。それなのに、“マルチクリエイターになる!”と宣言しておきながら、その行動には相反するものが多く、昨日も付き合いだから!と夜中までカラオケで声を張り上げ、今日も終日だる重だと言う。
「広告の世界でもねぇ、写真はカメラマン、デザインはデザイナー、イラストはイラストレーター、文章はコピーライター…っていう風に、多くの場合はその道のプロが気張って仕事をしているんだよ。“自分なら写真もカメラマンに負けないくらい良いのが撮れる!”って息巻いてたけど、君が撮ってきたその写真は何?」
「決して悪いことはないと思うんですけど。ダメですか?」
苛立ちが隠せず、目も合わせようとしないのはドレッサーのクセだ。
「それがカメラマンのモノより劣ってること自体、判断できないの?まぁ、自分の手掛けたモノを客観視できるようになるには、たっぷりと経験を積まないと難しいかも知れないけど、そんなときに謙虚になれるか傲慢になるかで人は変わっていくんだよ。それを5年続けたら、それぞれどんな人になると思う?」
生意気だった自分の若かりし頃を重ね合わ、同じ失敗をしなければいいのだが…と心配するボスゴリ。
しかし、こんなときは耳を塞いで貝になってしまうドレッサーだったが、今回は様子が異なるようだ。“10年後の自分の姿”がアラサーとなった今の心配事と重なったからであろう。
「会社案内で、優しいお客さんの姿を写真で伝えたいんだろ“こういう人たちが楽しそうに作っているのね!”って、見る人に関心を持ってもらいたいんだろ?でも、君が撮ったお客さんのその表情は、ほほ笑みじゃなくて緊張した引きつり顔だよ」
「やっぱりわかりますか…」と、肩を落とすドレッサーも観念したようである。
「プロのカメラマンはねぇ、高機能な機材を使っているのはもちろん、ライティングや構図だけと違ってモデルから自然な表情を引き出すテクニックも身に付けているんだよ。それを何年も繰り返して、チャレンジし続けているプロに、すぐに追いつけるわけないだろう」
悔しいけど事実である。連日のカラオケ三昧を後悔しても仕方がない。“だったら”と切り替えるのが早いのもドレッサーだ。
「どうすればいいでしょうか…」
助けを求めるドレッサーに、“よし!ここは成長するタイミングだ!”とボスゴリは鼻を広げる。
「まだ時間はあるんだよね?だったらカメラマンに頼もう。そこで、どんな雰囲気や世界感、イメージに仕上げたいのかを、君がディレクションするんだよ。
それで、上がってきた写真の細かいところまでチェックして、“良く見える”ように君が補正したら、想いの伝わるポートレートになると思うよ」
「じゃあ、早速カメラマンにお願いしてみます」
理解をしたのか、自分の撮った写真を諦めたのか、笑みを零してスマホを手にするドレッサーであった。
撮影の舞台裏にある、レンズの向こう側
「ロケーション選びも大事なんですね!」
カメラマンから上がってきた写真データをMacでチェックしてたドレッサーが、通りすがりのボスゴリを呼び止める。
「外光を取り入れた室内で撮影していただいたんですが、部屋の場所や補助光の活用で、見え方がゴロッと変わるのに驚きました。それにレンズの絞り具体で、雰囲気があんなにも変わるんですね。それに、被写体となったお客さんを気持ちよくのせるもんですから、帰りの車で“奥さんもああやって口説いたんですか?”ってカメラマンに聞いちゃいました」
相手の反応など気にすることものなく、饒舌に話すのはドレッサーが気分の良いときのサインの一つである。
「今は、誰でもスマホで良い写真が簡単に撮れるのに、って思うよね。でも、手間もコストもかかるけど、“良く見られる”ためには、餅は餅屋に任す!ってのが、重要なステップなんだよ!君のその張り切ったメイクとファッションも、“良く見られたい”目的があるんじゃないの?」
恐らく今日も夜の街へと繰り出すのであろう。
「ちなみにそのカメラマン、この前の元宇宙飛行士も元タカラジェンヌも撮ってくれた方でねえ、“気分をのせるのが上手いですね!”って元宇宙飛行士さんにも褒められていたよ。
そうだ、そのときサンプル撮影したボクの写真があるから、そのデータで“より良く見せる”補正の仕方を伝授しよう」
自席に戻ったボスゴリがデータを探し出し、ドレッサーにAirDropする。
「まずはCamera Lawを使って、ここをこうやって、こっちのインジケーターをこう動かすと、ほらっ!やわらかい自然な雰囲気になっただろ!」
満面な笑みを零すボスゴリを横目に、ドレッサーは冷ややかに声を漏らす。
「ボスゴリって、ほんと黒い顔してますよね!」
「何言ってるんだよ!これでも少年野球の指導を辞めて白くなった方なんだぞ!って言うか、そんなことより、やわらかい雰囲気になっても、それで終わりじゃないんだよ。ほら、左ほっぺにキズができてるだろ。いつものようにメスゴリに引っかかれた痕なんだけどね、これもこのツールを使ってこうやると、どう!綺麗に消えただろ。さらに男前になったんじゃない!面接で高評価を得る顔写真の完成だ!でね、こんなツールもあって、こんなこともできるんだ」
知けば知るほど上質に仕上げていくことができるのだろうが、広告や販促はアート作品ではないため時間と予算の兼ね合いもある。“まぁ、自分たちの武器を知っておくことも必要だ!”と、ボスゴリが席をドレッサーに譲ると、“あはは、あはは!”と、ボスゴリの顔に加工を加えては、手を叩きながら声を張り上げて爆笑するドレッサー。
「勉強だから!って人の顔で遊ぶんじゃない!」
ボスゴリの声も余所に
「この変顔を見せたら、今日の合コン、注目されそうです。あっ、もうこんな時間!」
Macをシステム終了させ、そそくさと合コンに向かうドレッサーであった。